ラベル ラジニーシ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ラジニーシ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2011年4月12日火曜日

道教:黄金の華の秘密 付録 和尚について

黄金の華の秘密
スワミ・アナンド・モンジュ訳 めるくまーる出版

付録
和尚について

和尚は、1931年12月11日、インドのマディヤ・プラデシュ州のクチワダに生まれました。幼少の頃から、反逆的で独立した精神スピリットを持ち、他者から知識や信念を与えてもらうよりも、もしろ自分で真理を体験するべきだと主張してきました。

二十一歳で光明を得た後、サウガル大学を卒業し、ジャバルプール大学で数年間、哲学教授を務めました。そのかたわらインド中を講演してまわり、公開討論で正統派の宗教指導者たちに挑んだり、伝統的な信仰への疑問を投げかけたりしながら、さまざまな層の人々と出会っていきます。また、広範囲にわたる読書をし、ことに現代人の信念体系ビリーフ・システムと心理への理解を広げうる本は可能なかぎりすべて目を通しました。

1960年代の終わり頃に、和尚は独自の瞑想法であるダイナミック瞑想の開発にとりかかりはじめます。現代人は、時代遅れの因習や現代的生活の不安というたいへんな重荷を背負っているので、深い浄化の過程をくぐりぬけないかぎり、瞑想の無心でくつろいだ状態を見いだすことは望めない、と彼は言っています。

和尚はそのワークのなかで、実質的に人間の意識の発展がもつすべての側面について語ってきました。たんなる知的な理解に基つ゛いてではなく、彼自身の実存的な体験に照らして、現代人の精神的スピリチュアルな探求にとって重要な指針となるものの本質を引き出したのです。

和尚は、いかなる伝統にも属していません。「私はまったく新しい宗教意識の始まりだ。どうか私を過去と関連づけないでほしい――それは思い出す価値さえない」と彼は言います。

世界中から訪れる弟子たちや探求者たちに彼が語った講話は、六百冊以上の本となって出版され、三十か国語以上の言語に翻訳されています。そして和尚はこう言っています。「私のメッセージは教義でもなければ、哲学でもない。私のメッセージはある種の錬金術、変容の秘術サイエンスだ。だから、進んで現在の自分として死に、今は想像すらできない、まったく新しい何かに生まれ変わろうとする者たち……そうした勇気ある少数の人々だけが、聴く用意ができている。なぜなら、聴くことは危険を冒すことを意味するからだ」

「聴くことで、あなたは実存の再生へ向けての最初の一歩を踏み出したことになる。だから私のメッセージは、それを元に外套を作って自慢できるような哲学ではないし、悩みごとへの慰めを見いだせるような教義ではない。いいや、私のメッセージはたんなる言葉による伝達などではない。それはもっとはるかに危険なものだ。それは、まさに死と再生にほかならない

1990年1月19日、和尚は肉体を離れました。インドにある彼の巨大なコミューンは、精神的スピリチュアルな成長のための世界最大のセンターとして存続し、瞑想、セラピー、ボディワーク、芸術などのプログラムに参加するため、あるいはブッダフィールドのなかに在ることを体験するために来訪する、世界中の何百万人もの訪問者たちを魅了し続けています。

和尚コミューン・インターナショナル

和尚コミューンは、内的探求のためのミステリー・スクールです。そして内的探求こそ、もっともすばらしい冒険であり、もっとも美しいダンスにほかなりません。あなたが旅をする道は、独りで歩まなければならないものですが、数多くの人々が同じように独りで旅を続けているのを知ることは、大いに励ましとなります。

この小さなオアシスには、世間とはまったく異なるヴィジョンと目標をもつ生、目的と意義と秩序のある生、注意と気づきと覚醒に満ちた生が存在します。ここでは、生はたんなる偶然ではなく、ある方向へ向かってよりいっそう成長するようになってゆきます。そして、ここはインド人のために作られた道場アシュラムではありません。国際的なコミューンであり、東洋と西洋が出会う場所です。このコミューンは過去の人類ではなく、未来の人類全体を象徴しています。

私たちが努力しているのは、瞑想したいと望む人なら誰であれ、すべての人々に瞑想を体験してもらえるようにすることです。ここでは、個人のタイプに応じて瞑想が選べるようになっています。休息を必要とする人には、休息が瞑想となるべきです。「何もせず静かに坐れば、春が来て草はひとりでに生える」 ――これがその人の瞑想になるでしょう。

私たちは、この世に存在する人々と同じほど多くの、瞑想へ繋がる次元を見つける必要があります。そしてひとりとして同じ人は存在しないのですから、瞑想の型はあまり厳格であってはなりません。これは革命です。個人が型にはまるべきなのではなく、型が個人に合わせられるべきなのです。このコミューンできわめて多くの瞑想法が行なわれているのは、そういう理由からです。瞑想法は活動的なものでも受動的なものでもかまいません。その目標は同じです――すなわち、あらゆる思考が消え去り、<あるがまま>を映すただの鏡になるほど、自分を静かにするということです。

和尚マルチバーシティ

和尚コミューンのなかに、五十以上のセラピー・グループが存在しているのは、ある理由があってのことです。それらは何千年ものあいだ抑圧されてきたもののバランスをとるために活動しています。キリスト教徒、ヒンドゥー教徒、仏教徒として抑圧してきたすべてのものを明るみに出し、何世紀も前から受けてきた傷を癒すために、セラピーを行なっているのです。これらのセラピー・グループはそれ自体が目的ではありません。それは瞑想への準備にすぎず、思考と感情と行動を、判断や同一化をまじえず受動的に観照できるよう準備させるためのものです。

コミューンでは一日のハイライトとして、音楽とダンス、それに和尚の講話のひとつを見ながらの沈黙の瞑想からなる、二時間の祝祭の集会セレブレーションが毎晩開かれています。

「これは講義ではない。私が語るのは、あなたが静かになるための方便にすぎない。なぜなら、何の努力もせずに静かになれと言われても、あなたにはきわめて難しいからだ。私は、あなたが何の努力もなしに沈黙の瞬間に気つ゛けるようにしている。内側に沈黙をつくりだすための策として講話を使っているのは、私が史上初めてだ」――和尚

なお、最新のトラベル・インフォメーション及びプログラムの詳細は、和尚インターナショナル・ウェブサイトwww.osho.orgにてオンラインでご覧になれます。

【インド・プネー】
Osho Commune International

17 Koregaon Park Pune 411001 (MS) INDIA
Tel 91-20-628-562 Fax 91-20-624-181
E-mail: osho-commune@osho.org
Homepage: http://osho.org

【アメリカ】
Osho International

570 Lexington Avenue
New York, N.Y. 10022 USA
Tel 1-212-588-9888 Fax 1-212-588-1977
E-mail: osho-int@osho.org
Homepage: http://osho.org


黄金の華の秘密

1999年6月20日 初版第1刷発行


著 者――和尚
訳 者――スワミ・アナンド・モンジュ
編集者――丸森真一
発行者――和田禎男
発行所――株式会社めるくまーる
〒171-0022 東京都豊島区南池袋1-9-10
電話03(3981)5525(代)
振替 00110-0-172211
電算写植―有限会社オズ
印刷所 ―有限会社東信社
製本所 ―有限会社イマヰ製本所
装 丁 ―宇治 品デザイン室

ISBN4―8397―0099―0 C0010
copyright 1999 Merkmal. Printed in Japan

2011年4月8日金曜日

バグワン・シュリ・ラジニーシ

バグワン・シュリ・ラジニーシ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
バグワン・シュリ・ラジニーシBhagwan Shree Rajneesh、 和尚/オショウ;Osho)、1931年12月11日 - 1990年1月19日)は、インドの宗教家、神秘思想家。

目次

[非表示]

呼称の変遷 [編集]

チャンドラ・モハン・ジャインとして、インドのクチワダに生まれる。1960年代にインド各地で講演するようになると、アチャリヤ・ラジニーシ(ラジニーシ)として知られるようになる。「ラジニーシ」は「月の王」を意味し、生来の名前である「チャンドラ」(月)に由来する。1970年代からは、バグワン・シュリ・ラジニーシとして知られる[1]。1988年、ラジニーシの名前を廃し、その後はたんにOshoとして知られることを望む。日本語では漢字による表記を望んだが、本項では一般名詞の「和尚」との混同を避けるために「ラジニーシ」と表記する。

概略 [編集]

一般には宗教家または精神的指導者と見なされるが、従来的な通念をもって語ることは難しく、みずからは特定のカテゴリに分類されることを望まなかった。
数々の講話のなかで、を含め古今東西の宗教性の源流や注目すべき人物について語りながらも、因習的もしくは組織的な宗教についてはその弊害を強調し、それらを純粋な宗教性の追求と区別した。
初期においてはヒンディ語、のちには英語によって行われた講話の数々は、録音と録画によって記録されるとともに、多様な言語に翻訳され、膨大な数の本として出版された。法句経/般若心経/金剛般若経をはじめとする仏典、碧巌録などを出典とするの逸話、ティローパやアティーシャなどチベット仏教の比較的に知られざる源流を創始した人物の言葉、インドに伝わる112の瞑想的技法の精髄を詩文として伝える「ヴィギャン・バイラーヴ・タントラ」、ウパニシャッドパタンジャリのヨーガ・スートラ、老子荘子の言葉、スーフィーの物語や逸話、聖トーマスによるものを含む福音書ピタゴラスの金言集、ニーチェの『ツァラストラはかく語りき』などを取り上げた講話のシリーズのほか、弟子たちや報道陣からの質問に答えた講話のシリーズ、初期における弟子たちとの間での親密な対話を収めたシリーズなどがある。講話は多大なユーモアを伴い、たくさんのジョークが含まれている。
これらの講話によって多様なトピックを扱うが、その多面性ゆえに、その内容を簡単にまとめたり、固定した教義を引き出したりするのが難しい。便宜的 な要約として、ラジニーシは、頭または心の機械的な動きや条件付けに縛られた「マインド」(mind)からの解放と意識の「目覚 め」(awakening)を説き、「瞑想」(meditation)の道を示したというように言うこともできるが、これらの言葉が意味するところを理解 するには体験もまた必要である。ラジニーシは同一のトピックを異なる観点や文脈をもって扱い、表面的に矛盾した見解を提示することも多く、聞き手の注意が 求められる。
ラジニーシは、古来から伝わる瞑想的な技法について紹介および解説するとともに、現代人に向けて新しい瞑想の技法を編み出し、西洋的なセラピーのテ クニックも導入した。ラジニーシの周辺には、彼を慕う人たちのコミューン的な状況が生まれ、その状況のなかで、各種の瞑想的な技法、心身統合的セラピー、 音楽をはじめとする多彩な芸術活動が営まれた。ラジニーシの講話の多様性を反映して、ラジニーシの周辺で起きた精神的な追求の背景も多様であり、東洋に伝 わる古来の技法に基づくもの、タオイズムタントラスーフィーなどの流れをくむもの、西洋的なセラピーやヒーリングのアプローチに瞑想的な性格を加えたものなどが含まれる。
このコミューン的なムーヴメントとそのなかで展開された多彩な活動の特徴として、それはラジニーシから内的に触発された多様な人々の創造性の爆発と して生じた。コミューンの運営や出版に関わる領域では一定の組織体制を整えることが必要とされたが、これは精神的な権威とは見なされず、組織または団体と してのひとつにまとまった体制を備えることはなかった。ラジニーシの周辺で生じた多彩な活動は、こうした集合的なダイナミズムのなかで、発展あるいは衰退 した。その中心となったのは、ラジニーシがみずから拠点とした場所としてのインドプネー(1974~1981および1986~1990)、およびアメリカのオレゴン州に建設されたラジニーシプーラム(1981~1985)だが、ラジニーシを慕う人たちの活動は世界的な広がりを見せた。
ラジニーシは、因習的な宗教や社会的な条件付けに対する批判と既存の価値観をくつがえす発言により、多くの人たちを惹きつけると同時に多くの反発を招いた。ラジニーシの周辺で生じたコミューン的な志向の強いムーヴメントも同様である。
ラジニーシは、ラマナ・マハルシ(ラマナ・マハリシ)、ラーマクリシュナジッドゥ・クリシュナムルティゲオルギイ・グルジエフとの比較において、みずからの姿勢について、次のように語った。(Osho, “The Dhammapada” Vol. 2, #2 冒頭部分)
「人をほんとうに助けようとするならば、誤解されるのは避けられない。ほんとうに助けようとするつもりがないなら、誤解されることもない。崇拝や賞賛の的になれる。ただ話をし、哲学を説くだけなら、人は怖がらない。彼らの人生に立ち入ろうとしないなら。
複雑な理論や思想体系を人は学びたがる。それなら申し分のない体験になる。それはエゴを強化してくれる。それはエゴを養ってくれる。だれもが知識を増やしたがっている。それは微妙にエゴを肥やす。
だが、ほんとうにだれかを助けるつもりなら、厄介なことになる。いまと違った生き方へと導かなければならない。それは人のエゴの縄張りを侵すこと になる。幾世紀もの歴史を背負った習慣や構造を相手にすることになる。これは反発を招く。人々は敵意を向けてくる。人々は怖がる。助けようとする人物を敵 と見なし、ありとあらゆる方法で悪評をたて、誤解を広めようとする。
一面的な働きかけしかしない教師たち。彼らは美しい花ではあるが、あまり役に立たない。ジッドゥ・クリシュナムルティは、過去40年あまり、話し続けてきた。人々は彼に耳を傾ける。多くの人が40年以上にわたって彼の言葉に耳を傾けてきたが、彼らの意識にはなんの変化も起きていない。
もちろん、もっと知識は増している。議論や理屈がもっと得意になっている。議論の相手としてなら、とてもよろしい。観念の領域での微妙きわまりな い題材を論じるのに慣れている。目覚め、瞑想、意識をはじめとする多彩なテーマについて、こと細かに議論する。とても有能、とても利口になっている。だ が、あいも変わらず凡俗であり、あいもかわらず愚かである。変わったのはひとつだけ。クリシュナムルティから仕入れた知識によって愚かさを隠すことができ るようになった。クリシュナムルティは知識人の玩具になった。彼はあえて人々の人生に踏み込もうとしなかったからだ。それをするのはもちろん危険なこと、 火を扱うようなことだが。
シュリ・ラマン(ラマナ・マハルシ) も、人々にとって、まったく申し分のない人物だった。寺院で静かに坐る聖者。人々はやってきて、花を捧げ、彼を礼拝する。彼はただそれを見守るだけだ。も ちろん美しく見事な人物だが、一面的であったことは否めない。人生を変えるほどの衝撃を与えなかった。クリシュナムルティが人々の知性に訴えたのに対し、 彼は人々の感情に訴えた。
ラーマクリシュナも同じだった。多くの人たちが感動し、歓喜の涙を流した。だが、それが彼らを変えることはなかった。歓喜の涙は一時的なものだ。家に帰れば、自分がまったく変わっていないことに気づく。
グルジエフは まさにパイオニアだった。グルジエフとともに、人生における精神性の追求の新しい概念が生まれた。彼はそれを「第四の道」(知性/感情/肉体のすべてに働 きかける道)と呼んだ。私もこの「第四の道」を追求する。彼はひどく誤解された。というのも、人に知識を授けたり、人の心を慰めたりには興味がなかった。 整然とした理論を提供したり、夢を見させてあげたりには興味がなかった。涙や感激や感傷を誘ったりせず、尊敬も求めなかった。彼は人に全面的な変容をもた らそうとした。
人に全面的な変容をもたらすには、ハンマーを使わなければならない。人を形作っている多くの部分を削り落とす必要があるからだ。人はひどい状態に あり、現状では、すべてがおかしなことになっている。それを直さなければならない。だが、人は自分の生き方にたいへん固執しているので、それを変えようと する人物、表面的に変えるのではなく核心において変えようとする人物は敬遠される。怖がられる。少数の勇気ある者だけが、グルジエフのような人物に近づい ていく。たいへんな勇気が必要だ。だが、この勇気があってはじめて、人は生まれ変わることができる」

略歴 [編集]

1931年12月11日インド北部の 小さな田舎町クチワダに生まれた。生後に作られたインド式占星術のチャートによると7歳で死ぬ可能性が強いということで、これを避けるため、両親はこの子 を母方の祖父母のところに7歳になるまで預けた。この祖母はこの子の可能性を認め、しつけられ教育されるべき子供としてではなく、独立した尊敬されるべき 個人として、この子の成長を見守った。後にラジニーシはこの祖母に対する感謝の気持を数多く語っている。
生来の反逆的な精神の持ち主として、4歳のころから祖父を含めた大人と議論をし、みずからの主張を通した。納得できないことを受け入れることはな かったと言われる。「どうして小さな子供の時からそんなに勇気があったのですか?」という質問に対して、のちにラジニーシは「イノセンス(無垢)であれば 勇気はいらない」と答えている。
ラジニーシは、反逆的な少年時代と学生時代を送った後、大学で哲学を学ぶ。決定的な意識の目覚めもしくは悟り(enlightenment)に至ったのは1953年3月21日とされる。
ラジニーシはジャバルプール大学の哲学教授となり、1960年代にはインド各地で講演をし、宗教性に対する斬新な洞察とともに、インドの因習的伝統 や組織宗教に対する批判が賛否両論をまきおこした。社会的な条件付けや心理的な抑圧の弊害に関する指摘や性に対するオープンな姿勢は、既存の価値観に対す る脅威とも受け取られ、「セックス・グル」というような異名をもってマスコミに取り上げられるようにもなった。
1970年代より、ラジニーシは、弟子もしくは親密な関わり合いのなかで探求することを求める者たちを受け入れるようになり、一定の意思を表明し、 こうして集まってきた者たちは、「サニヤシン」と呼ばれるようになった。インドで伝統的には世間を捨てた求道者を指して使われる言葉であるが、ラジニーシ はこれを生からの離脱ではなく、生への全面的な関与に向けての姿勢として定義しなおし、伝統的な「サニヤシン」と区別するときには「ネオ・サニヤシン」と いう言葉を用いた。
ラジニーシは、古来から伝わる瞑想の技法の紹介にあたるとともに、もっぱら静的なものである伝統的な技法のほとんどは現代人がいきなりするには適さ ないものであるとし、呼吸への働きかけや身体の自由な動きや発声などを伴い、心理的な解放を志向した動的な技法(アクティブ・メディテーション)を編み出 し、インド各地の「瞑想キャンプ」にてそれらを紹介した。
ムンバイでの一時期を経て、1974年、ラジニーシはプネーに拠点を定める。国外からの多くの訪問者を集め、ラジニーシの周辺にはコミューン的な状況が生まれた。ラジニーシはヒンディ語に加えて英語でも講話をするようになり、古今東西の宗教的または精神的な師や神秘家、あるいは注目すべき創始的な人物について語った。
当時広がりを見せていたヒューマン・ポテンシャル・ムーヴメントを背景に西洋からの訪問者のなかには、東洋の瞑想的な技法を追求するセラピストが多 く、コミューンは、心身統合的な各種のセラピーと瞑想的技法、各種の芸術活動を、コミューンの日常的な運営にかかわる仕事とともに追求する多彩な活動の場 となった。そのありさまは、伝統的なアシュラム(道場)、あるいは師と弟子との関係をめぐるインドの伝統的な通念の枠内には収まらず、世界的にも他に類例 のないものであったため、ラジニーシのまわりに生まれたこのコミューン的な動きは、多くの関心を集め、多くの人々を惹きつけると同時にセンセーショナルな 報道や反発を招いた。このころからラジニーシは日本でも知られるようになり、1976年に最初の邦訳講話録である『存在の詩』がめるくまーる社より出版される。尚、吉福伸逸はラジニーシの思想の広がりについては当初は日本のほうがアメリカなどより先行していたと指摘しており[2]、それがニューエイジ/トランスパーソナルムーブメントにおけるラジニーシの引用の少なさを説明している、と述べている[3](ちなみに吉福伸逸は、実際に会った印象から、鈴木俊隆はふつうの人だったという感想を持った一方で、クリシュナムルティとラジニーシについては、もうまったく自分の手の及ばないレベルであったと認識している[4])。
1981年、ラジニーシはアメリカに 移り、彼を慕う人たちは、まもなくオレゴン州に巨大なコミューン、「ラジニーシプーラム」を建設し、ひとつの実験都市として多大な注目を集める。ラジニー シプーラムは正式に市として認められ、5千人の住民を擁する町としての自治体制とインフラを備えるに至った。この時期、ラジニーシは身体的に脆弱な状態に あったとも言われ、以前のように講話をすることはやめており、この巨大なコミューンの建設と運営は、ラジニーシを慕う人たちの自主的な労働と貢献によって 進められたものであるが、その過程では、ラジニーシの意図とは無関係のところで、内部的な組織化や確執が生じることは避けがたかった。この時期のラジニー シについて、コミューンを訪れた作家の宮内勝典は、「インド時代とまるで別人で驚いた」と報告している[5]
ラジニーシプーラムの発展とともに、これを脅威と見なす人々との軋轢が生じ、センセーショナルな報道も目立つようになった。とくに幅広く報道された のは、ラジニーシプーラムに置かれていた多数のロールスロイスであり、精神性とはあいいれない物質的な贅沢さの象徴として喧伝されたが、ラジニーシみずか ら語るところによれば、彼は貧しさを美徳と見なすような伝統的な宗教家ではなく、これは物質大国アメリカを挑発し、注目を集めるためのアピールとして意図 されたものであったという。
ラジニーシプーラムでは、その運営に携わる一派がラジニーシの意図とは無関係に内部的な権力を志向するようになり、1985年、その主導者である シーラ(Anand Sheela)らは、背任・横領・殺人未遂を犯した後にラジニーシプーラムから姿を消す。ラジニーシはこれを当局に知らせ、正式な調査を求めるが、これは ラジニーシの逮捕、裁判、国外追放へとつながる。ものものしい逮捕劇に加え、ラジニーシはその拘留中に理由なくアメリカ各地の複数の拘置所へと次々に動か されるなど、ラジニーシの逮捕の背景には、いわば思想犯としてラジニーシを罰し、あたかも凶暴な集団であるように演出してラジニーシプーラムを崩壊に導く という当局側の意図があったのではないかと疑われる。
アメリカ政府との確執の結果、ラジニーシは、世界各国の政府および既成宗教から危険人物と見なされ、テロリスト同然の扱いを受けるようになる。これ はほぼ全面的に、ラジニーシもしくは彼を慕う人々が何らかの危険な犯罪を犯したという理由ではなく、彼もしくは彼らの存在そのものが既成秩序にとって危険 であるということを理由にした扱いであった。ラジニーシは、アメリカを去った後、新しい拠点を求めて、ネパール、ギリシア、ポルトガル、ウルグアイなどを 訪れているが、この「ワールド・ツアー」の道中では、ただその「滞在」が危険であるという理由から、イギリス、スイス、スウェーデンをはじめとする多くの 国の政府が入国を拒み、ギリシアでは武装した警官が乱入して強制退去を迫るという、あたかも凶暴な集団を相手にするかのような異常な手段がとられた。
1986年、インドに戻り、ムンバイにて、朝晩の講話を始める。数ヵ月後、以前のプネーのアシュラムに戻る。世界中からラジニーシを慕う人々がふたたびプネーを訪れるようになり、アシュラムはコミューンとしての活況を帯び、多彩な活動が展開される。ラジニーシは講話にてしばしば禅について語った。
ラジニーシの身体は危うい状態にあり、その症状からは、アメリカでの拘留中に作為的に仕組まれた疑いのある放射能被爆やタリウム毒による影響の可能性が示唆された。
1989年4月12日をもって講話を打ち切るが、9月からは、彼を慕う人たちの前に姿をあらわし、瞑想をともにするようになる。ラジニーシは1990年1月19日に死去した。

商標名”オショウ”の問題 [編集]

かつてのラジニーシのコミューンは、現在ではそのありかたをかなり変え、「オショウ・メディテーション・リゾート」として知られている。
ラジニーシは最晩年に自らの呼称として「オショウ」の尊称を望んだが、これに由来するものとして、商標名またはそれに類するものとしての「オショ ウ」(Osho)の使用は、主としてラジニーシの死去した後に慣習化したものである。オショウ・コミューン(リゾート)のマネージメントの方針として、コ ミューン(リゾート)で提供される各種のセラピー等のアプローチには総じて「オショウ」の名前が冠されるようになり、ラジニーシの版権を管理するオショ ウ・インターナショナル・ファウンデーションはこれを各国で商標登録するに至ったが、一部の国では、その法的な有効性が問われている。
それらセラピー等のアプローチの多くは、ラジニーシに触発されて生じた上述のようなコミューン的な状況のなかで発展を遂げたものとして、それに由来 する独自性を帯びているが、それらに冠された「オショウ」の名前は、必ずしも生前のラジニーシによる個人的な是認を意味しない。「オショウ」の名前の商標 登録は、生前のラジニーシの周辺でのムーヴメントに関わった人たちの総意を必ずしも反映したものとは見なしがたく、ラジニーシの死後の版権の扱いをめぐっ ても一部から抗議の声があがり、訴訟が生じている。米国の訴訟では、オショウ・インターナショナル・ファウンデーションによる「オショウ」の商標登録は、 2009年、第一審で無効と判断された。

アメリカでの逮捕と裁判 [編集]

1981年5月にラジニーシはインドからアメリカに移った。ラジニーシは3月から講話を休んでおり、身体の治療がアメリカ行きの目的だったが、その 背後には、ラジニーシの秘書としての実務的な権限をめぐる、ふたりの女性の間での競合があった。このアメリカ行きにより、実務的な権限は、マ・ヨガ・ラク シミという女性から、マ・アナンド・シーラという女性に移ることになる。
ラジニーシはそれから1985年6月まで講話をせず、その間、ごく少数の実務的な責任者と話をするだけであった。オレゴン州でのコミューン建設は、1981年の終りごろに始まった。326km²の広さの乾燥した小高い丘陵と谷間の広がる地域にコミューンは建設された。
コミューンの運営はシーラの責任のもとで進められ、ラジニーシはコミューンのゲストという扱いであった。のちに判明したところによると、シーラは「ラジニーシが言った」との説明をもって、ラジニーシが関知しないメッセージをコミューンのメンバーに伝えていた。
コミューンは成功しているように見えた。5000人が暮らす市(City)として認められ、自治的な仕組みを整え、小さな飛行場とバス路線を持ち、夏のセレブレーションには2万人の訪問者を迎え入れていた。
1984年10月、ラジニーシは、長い沈黙を破り、みずから声明を発するようになる。1985年7月には毎日の講話を再開し、さらにはシーラの主導権を否定するかたちで、みずから報道陣のインタビューに応えるようになる。
1985年9月、シーラは側近数名とともにコミューンから姿を消し、彼女らはコミューンの多額の資金をスイスの口座に動かしていたことなどが判明し た。その数日後、ラジニーシはシーラとその一味を公開の場で糾弾し、当局による捜査を求めた。捜査の結果、シーラとその一味は、1984年以来、ラジニー シの担当医の暗殺未遂、サルモネラ菌による食中毒の意図的な誘発、ラジニーシの自室を含むコミューン内での盗聴なども犯していたことが明らかにされた。
押収された盗聴テープの解析などから、シーラとその一味の犯罪はラジニーシや他の多数のサニヤシンが関知していないところで犯されたことが確認され たが、この事件を契機として、ラジニーシムラムを危険視する見方が強まった。1985年10月、シーラとその一味の犯罪とは別件として、ラジニーシおよび 数名のサニヤシンについて移民法違反などの比較的に軽微な罪を問う起訴状を連邦大陪審が準備したが、これは非公開のまま却下された。
しかしまもなく、州兵によるラジニーシプーラムの包囲が計画されているという情報が流れ、ラジニーシ側の弁護団は、ラジニーシの自主的な出頭によっ てコミューンでの惨事を避けるべく交渉を進めたが、これには正式な逮捕状の発行を待つ必要があった。この交渉を無視するかたちで、1985年10月28 日、ラジニーシと数名のサニヤシンは、一時的にラジニーシプーラムを離れた際、ノースカロライナ州の空港で搭乗機を武装した警官に包囲され、逮捕状なしに 逮捕された。
ものものしい逮捕劇と手足を鎖でつないでの連行は、主として移民法違反を問題とするその後の裁判の内容に見合ったものではなく、これには多分に当局 側の演出的な狙いがあったと思われる。その後の10日間に、ラジニーシは、ノースカロライナ州からオクラホマ州へ、そしてポートランドへと、米国各地の留 置所を転々と移送された。
裁判では、主として移民法に関わることとして、ラジニーシは初回のビザ申請の時点ですでに長期的な滞在を計画していたのではないか、国外からの弟子 たちが偽装結婚によって在留権を得ることを奨励していたのではないのかといった点が争われた。1985年11月、申し立てのあった罪状のうちひとつだけで もそれをめぐる抗弁を放棄したならば5年間の国外追放を言い渡し、裁判を短期で終わらせることにするという検察側からの司法取引を受け、アメリカを退去した。長引く裁判によってラジニーシの健康もしくは生命が脅かされることを懸念した弁護側の判断によるものである。

邦訳された講話録 [編集]

  • 『存在の詩―バグワン・シュリ・ラジニーシ、タントラを語る』(めるくまーる、1977年、ISBN 4-8397-0001-X)
  • 『究極の旅―禅の十牛図を語る』(めるくまーる、1978年、ISBN 4-8397-0002-8)
  • 『瞑想―祝祭の芸術』(めるくまーる、1981年、ISBN 4-8397-0009-5)
  • 『マイウェイ―流れ行く白雲の道 質疑応答集〈1974.5.10~5.24〉』(和尚エンタープライズジャパン、1984年、ISBN 4-900612-10-3)
  • 『一休道歌 上』(めるくまーる、1987年、ISBN 4-8397-0036-2)
  • 『一休道歌 下』(めるくまーる、2000年、ISBN 4-8397-0037-0)
  • 『死・終わりなき生―オショー・ラジニーシ講話録』(講談社、1989年、ISBN 4-06-203569-3)
  • 『反逆のスピリット』(めるくまーる、1990年、ISBN 4-8397-0057-5)
  • 『狂人ノート』(和尚エンタープライズジャパン、1991年、SBN 4900612081)
  • 『虚空の舟 上』(和尚エンタープライズジャパン、1992年、ISBN 4-900612-02-2)
  • 『虚空の舟 下』(和尚エンタープライズジャパン、1992年、ISBN 4-900612-03-0)
  • 『般若心経』(めるくまーる、1993年、ISBN 4-8397-0007-9)
  • 『新瞑想法入門―和尚ラジニーシの瞑想法集大成』(瞑想社、1993年、ISBN 4-8397-0070-2)
  • 『空っぽの鏡・馬祖』(壮神社、1992年、ISBN 4-915906-01-9)
  • 『臨済録』(めるくまーる、1993年、ISBN 4-8397-0061-3)
  • 『生・愛・笑い』(めるくまーる、1994年、ISBN 4-8397-0049-4)
  • 『ノーマインド―永遠の花々』(壮神社、1994年、ISBN 4-915906-11-6)
  • 『ボーディダルマ』(めるくまーる、1994年、ISBN 4-8397-0079-6)
  • 『信心銘』(禅文化研究所、1994年、ISBN 4-88182-073-7)
  • 『オレンジ・ブック』(めるくまーる、1995年、ISBN 4-8397-0025-7)
  • 『TAO―老子の道〈上〉』(めるくまーる、1995年、ISBN 4-8397-0081-8)
  • 『TAO―老子の道〈下〉』(めるくまーる、1995年、ISBN 4-8397-0082-6)
  • 『あなたが死ぬまでは』(和尚エンタープライズジャパン、1997年、ISBN 4-900612-23-5)
  • 『イーシャ・ウパニシャッド―存在の鼓動』(市民出版社、1998年、ISBN 4-88178-165-0)
  • 『知恵の種子』(市民出版社、1999年、ISBN 4-88178-171-5)
  • 『無水無月』(市民出版社、1999年、ISBN 4-88178-167-7)
  • 『黄金の華の秘密』(めるくまーる、1999年、ISBN 4-8397-0099-0)
  • 『タントラの変容―サラハの王の歌』(市民出版社、2000年、ISBN 4-88178-177-4)
  • 『隠された神秘』(市民出版社、2000年、ISBN 4-88178-174-X)

道教:黄金の華の秘密 1

黄金の華の秘密

スワミ・アナンド・モンジュ訳 めるくまーる出版
第一話 催眠術を解く

より抜粋

寓話をひとつ・・・
昔、羊をたくさんかっているとても裕福な魔術師がいた。
ところがこの魔術師はひどいけちでもあった。
羊飼いを雇いたくなかったし、羊が草を食んでいる牧場のまわりを
柵で囲いたくも無かった。
そのために森の中に迷い込んだり、谷に落ちたり、
色々なことをする羊がよくいた。
とりわけ逃げ出すものが多かった。
魔術師が彼らの肉や皮を欲しがっていることを知っていたからだ。
羊たちはそれが嫌だった。

ついに魔術師は解決策を見つけだした。
彼は羊に催眠術をかけ、先ず「お前たちは不死だから、
皮を剥がれても何の害にもならない。それどころか、それは
非常にお前たちの為になるし、むしろ気持ちがいいくらいだ」
という暗示をかけた。続いて魔術師は、「私は群れを深く愛する
”善き主人”だから、お前たちの為なら何でもする用意がある」
という第二の暗示をかけた。更に彼は、
「万が一何かが起ることになっているのだとしても、とりあえず今日、
たった今起るわけではないのだから、そんなことを考える必要はない」
と第三の暗示をかけた。さらに又魔術師は、
「おまえたちはまったく羊ではない」
と暗示をかけ、何匹かの羊には「おまえたちは人間だ」、
また別の羊には「おまえたちは魔術師だ」と暗示をかけた。
それ以来、彼は羊の世話や気苦労からすっかり開放された。
羊たちは二度と逃げ出すこともなく、
魔術師が彼らの肉や皮を取りに来るときを静かに待っていた。

ゲオルギー・グルジェフはこの寓話をこよなく愛していた。
彼の哲学全体がこの小さな寓話の中に含まれている。
そしてこの寓話は、通常の無意識状態にある人間を表している。
この話は、あるがままの人間を最も美しく描いてみせている。

人間は機械だ。
人間は機械に生まれついたわけではないが、
機械のように生きて、機械のように死んでゆく。
人間は大きく花開く意識の種子を宿している。
人間は神になる可能性を秘めている。
だが、それは実現しない。
それが起らないのは、
社会によって、国によって、組織化された教会によって、
既得権益を有する者たちによって、人間が催眠術にかけられているからだ。
社会は奴隷を必要とする。
そして人が奴隷の境遇に甘んじたままでいられるのは、
成長して最大限に花開くことを許されないときだけだ。
社会はあなたの肉やあなたの皮を必要とする。
だが言うまでもなく、誰もそんな目には会いたくない。
だから、社会の一員となり、文明を身につけるプロセス
というのは、全て深い催眠術に他ならない。

人間はまさに生れ落ちた瞬間から催眠術をかけられてゆく。
社会は人間の味方であり、人間の幸せのために存在するのだ
と信じるように催眠術をかけられてゆく。
それはまったくの誤りだ。
人間は自分が不死であると信じるように催眠術をかけられてゆく。
そうではない。
人間は不死になりうるが、いまは違う。
催眠が解けずに残っているかぎり、人間は決して不死にはならない。

あなたはどうしても死を免れぬ存在として生きている。
なぜなら肉体の中で生きているからだ。
肉体はやがては死んでゆく。
生まれるものは必ず死んでゆく。
誕生は肉体の始まりであり、死はその終わりだ。
あなたは自分の内にある肉体以上の何かを知っているだろうか?
肉体よりも高く、肉体よりも深い何かを体験したことがあるだろうか?
生まれるよりもまだ先に自分の中にあった何かを見たことがあるだろうか?
もしそれを見たことがあるなら、あなたは不死だ。
自分の顔、自分の本来の顔、生まれる前に持っていた顔を知っていたら、
あなたは死後にも自分がそこに存在することを知っている。
さもなければあなたは何も知らない。

人間は不死の存在たりうるが、肉体と同一化しながら生きているために、
死に囲まれて生きている。
社会はあなたが肉体以上のものを知ることを許さない。
社会が興味を持つのはあなたの肉体だけだ。
---肉体は利用することができるが、魂は危険だ。
なぜなら、魂の人は一個の自由人だからだ。
彼を奴隷に貶めることはできない。
みずからの内に不死なる魂をもつ人は
<存在>そのもの、神そのものにより深く身をゆだねている。
彼は人間が作り上げた社会、文明、文化の構造など少しも気にかけない。
これらのものは彼にとっては監獄だ。
彼はキリスト教徒、ヒンドゥ教徒、イスラム教徒としては生きていない。
彼は群集の一部ではありえない。
彼は個として存在している。

肉体は群集の一部だ。
あなたの魂はそうではない。
あなたの魂はきわめて個的なものだ。
それは自由の香りをおびている。
だが、魂というものは市場では利用できない。
社会が必要とするのはあなたの肉体だけだ。
もしあなたが魂を得ようと努力し始めたら、それは社会にとって非常に危険だ。
そうなったら、あなたの関心が変わってしまうからだ。
あなたは外交的な人間から内向的な人間になる。
あなたは内側に向かい始める。
社会は外側にある。
社会はあなたのエネルギーが外に向かって流れ続けるように、
あなたが外交的な人間であり続けることを---金や権力や名声や、
そういった全てのものに興味をもち続けることを望んでいる。
もしあなたが内側に向かって動き始めたら、
それはあなたが離脱者になったということだ。
あなたはもう外側で演じられているゲームの一部ではなくなったということだ。
あなたはその一員ではない。
あなたはみずからの実存の内部へ深くもぐりはじめる。
すると、そこには不死性の源がある。

社会はあなたが内側に入ってゆくことを妨げる。
その最良の方法は、自分は内側に入りつつある
という偽りの観念をあなたに与えることだ。

魔術師は羊に「おまえたちはライオンだ」と言った。
彼は「おまえたちは不死なるものたちだ」と暗示をかけ、催眠状態に導いて
「我々は人間であるばかりか、偉大な魔術師でもある」と信じ込ませた。

教会に通っても、内側に入ってゆくわけではない。
だが、社会はあなたに催眠術をかけて、
内側に入りたければ教会に通わなければならないと信じ込ませてきた。
しかし教会は他の全てのものと同じくらい外側にある。
そして聖職者とは国や社会の代理人だ。
聖職者はいつも神秘家に反対してきた。
なぜなら、神秘家のもとへ行けば、あなたは内側に向かって動きはじめるからだ。
神秘家はまったく違う生き方をしている。
彼のエネルギーは異なった動き方をする。
彼の川は内側に向かって流れている。
だから神秘家のもとへ来る人は、その神秘家と波長が合うや、
自然に、すみやかに、内発的に、内側へと動きはじめる。
そもそも師と、神秘家と共にある目的はそこにある。

この『黄金の華の秘密』(『太乙金華宗旨』のこと。ヴィルヘルムによる独訳にユングが解説を加えたのが、『黄金の華の秘密』)
という書物は、世界で最も秘教的な論書のひとつだ。
それはあなたに肉体以上のものになる方法を示す。
死を超えてゆく方法をあなたに示す。
花開く方法をあなたに示す---
いかにして種子のままでとどまらずに、黄金の華になるかを。
インドで私たちが、「一千枚の花弁をもつ蓮華」と呼ぶものが、
中国では「黄金の華」と呼ばれている。それは象徴だ。

花は完全さ、全一性を表している。
花は潜在能力の最大の表現、潜在能力の実現を表している。
花は実存の美、雄大さ、荘厳な響きを表している。
そしてあなたが一千枚の花弁をもつ蓮華、
あるいは黄金の華にならないかぎり---。

いいかね、あなたは遠くまで行かなければならない。
いいかね、あなたは社会があなたの周りに仕掛けた罠から脱け出さなければならない。
いいかね、あなたはそのためにこの世に生まれてきた為すべき仕事をまだやり遂げていない。
いいかね、あなたはたんなる種子であって、まだ魂ではない。

この『黄金の華の秘密』という論書は非常に古い---
世界最古の論書のひとつかもしれない。
確実に25世紀は経ている。それよりもっと古いかもしれない。
ゆうに25世紀までは遡ることができる。
さらにこの論書はあらゆる偉大な宗教の大いなる統合でもある。
それはたぐい稀でユニークなことだ。
『聖書』はキリスト教徒のものだ。
『タルムード』はユダヤ教徒のものだ。
『ヴェーダ』はヒンドゥ教徒のものだ。
『法華経ダンマパダ』は仏教徒のものだ。
『道徳経』は道家タオイストのものだ。
だが、この『黄金の華の秘密』という小さな書物は、格別誰のものでもない。
あるいは万人のものだ。

この書物は道家の教えに深く基付いている。
それは生と存在に迫る道家の道の開花だ。
が、それだけではない---ツァラツストラがある役割を演じている。
ツァラツストラの教えがその中には織り込まれている。
仏教徒の教えもその中に織り込まれている。
そしてキリスト教徒のある秘教学派、ネストリウス派の人々、
彼らもまたそれなりの役を演じている。
だから、キリスト教とユダヤ教もその一部になっている。

それは最も統合的な参入への道アプローチのひとつだ。
それは世界のあらゆる伝統の中にある美しいもの全てを統合させる。
何世紀にもわたってそれは口頭でのみ伝えられ、書物は秘伝とされ続けてきた。
それは大衆の手には入らなかった。
なぜなら、みだりに教えてはならないことがあったからだ。
それは弟子たちにのみ明かされた。
師は、機が熟したときにのみ弟子たちに語った。
というのも、もし正しく理解しなかったら、もしどこかで過ちを犯したら、
必ず有害な結果を招くほどの潜在力を秘めたかぎを、
それはあなたに与えるからだ。

それは正しく理解されなければならない。
そしてそれは師の臨在のもとでのみ究明されるべきものだ。
それは強力な技法だ---それは原子エネルギーと同じくらい強力だ。
今のところ原子力の秘密は大衆から隠されている。
ひとたびその秘密が大衆に漏れ始めたら、非常に危険なことになる。
もし原子爆弾をひそかに作ることができるようになったら、
すさまじい混沌が引き起こされずにはすまない。
原子力の研究に関しては厳重に秘密が守られている。
それとまったく同じようにして、この書物は、”内なる爆発”
をもたらす最も潜在力のある技法のひとつをあなたに教える。
何世紀にもわたって、その秘密は護られ---
師弟のあいだでのみ、内密に弟子たちに授けられた。
そしてとりわけこの秘教学派の門人たちは
本を書きたいという誘惑をいっさい退けた。
実際、世界のあらゆる宗教が、その霊的な教え
を書き記すことを長いあいだ潔しとしなかった。

何かが口頭で伝えられるときには、ある種の美しさがある。
それは生きている---それがひとつ---師が背後にいるからだ。
それは生命を失った言葉ではない。
その言葉には魂、翼がある。
師の体験がそれを支え、師がその証人となる。
それはたんなる空論ではない。
ただの哲学ではなく、実存的な、体験される、生きられる何かだ。
そして師は旅路を終えている。
彼は道に横たわる数々の危険を知っている。
彼は罠を知っている。
彼は人々が道を外れる地点を知っている。
そして師は、弟子が道を外れることがないようにあらゆる手を尽くす。

真理に近付けば近付くほど、あなたが道を外れる可能性は大きくなる。
なぜなら真理に近付くと、あなたは非常に自己中心的になりかねないからだ。
「いまや私は知っている」、「いまや私は確固たる基盤を築いた」--と。
そして自我エゴがその状況につけこめば、あなたはかつての暗い谷間に舞い戻り
、その頂を失ってしまう。
真理に近付くと、それを人々と分かち合いたいという大きな欲望が湧いてくる。
が、あなたは真理を余すところなく体験したわけではない。
そして生半可な真理を分かち合うのは危うい。
というのも、生半可な真理には強大な力があるので、
嘘よりもいっそう危険だからだ。
嘘は無力だ。
遅かれ早かれ、人々は自らそれが嘘であることに気付く。
だが生半可な真理は何世紀にもわたって残存しかねない。
何世紀にもわたって影響を及ぼしかねない。

誰ひとり生半可な真理を通して行き着くことはできない。
そして旅路の半ばにいる者は、この世にも属さず、あの世にも属していない。
彼は天国と地獄のはざまにいて、じつに奇妙な立場に置かれている。
古いものは失ったが、新しいものが手に入らないために、あなたは混沌と化す。
古い秩序は去ったが、新しい秩序は生まれていない。
あなたは黒雲と化し、混乱状態に陥る。
もっと明晰になるよりも、もっといきいきとするよりも、
もっと光に満ちあふれるよりも、
むしろあなたの生は二つの極のあいだで葛藤を起してしまう。
あなたは引き裂かれ、ばらばらになり始める。
あなたの半分は大地に属し、半分は天空に属している。
今やあなたの居場所はどこにもない。
今やあなたは何者でもない。
これは狂気を引き起こしかねない。
それゆえに『黄金の華の秘密』は、何世紀にもわたって口頭でのみ伝えられてきた。

さらに、口伝によってその教えはつねに命脈を保ち続ける。
それはそのようにして統合を成し遂げた。
それは基本的には中国の道家の風土で誕生した。
だがその後、ボーディダルマが中国にやってきた---
新しいメッセージ、仏陀のメッセージを携えた新しい師がインドからやって来た。
そして『黄金の華の秘密』の教えに従っていた人たちはとても寛容な人々だった。

彼らはいかなる制度化された教会の一部でもなかった。
彼らはボーディダルマもまたそれを有していることを即座に見て取る
ことができた---それは一目瞭然であり、歴然としていた。
彼らはボーディダルマの教えを自分たちの教えの中に取り入れた。
そして同じことがゾロアスター教徒の師たち、
ネストリウス派のキリスト教徒に対しても起った。
中国に何かが伝えられるたびに、
もしそれが価値あるものであれば、取り入れられた。

口伝による教えは川のように生き生きと流れ、成長を続ける。
新しい水の流れが加わり、その一部になる。
教えはひとたび書き記されると、もうそれ以上何も取り入れることができなくなる。
そうなったら、それは硬化して、流動性を失い、屍になる。
今や『黄金の花の秘密』の成長は止まってしまった。
成長が止まって何世紀も経つ。
書き記されて以来、その成長は止まったままだ。

私はなぜ『黄金の華の秘密』を講話の題材として選んだのか?
それはその教えがまだまだ成長しうるからだ。
それは世界へのこの上もなく美しいメッセージだ。
その火を消してはならない。
私はそれをよみがえらせたい。

それに私は今、弟子たちに語りかけている---
私のもとへ来て、生まれ変わるために死ぬ用意ができている人々に。
花咲くために死ぬ用意ができている人々に。
種子は死ななければならない。
そうしてはじめて種子は成長することができる。
種子は消え去らねばならない。
そうしてはじめて樹は生まれてくることができる。

私はこの小さいけれども、計り知れない価値
をもった書物を基に話を進めてゆく。
この書物が再び息を吹き返せるように---
それは私とあなた方とのあいだで息ずくことができる。
それは再び流れはじめることができる。
そしてこの書物には計り知れないほど重要な何かがある。
それを理解し、実践したなら、あなたは豊かになるだろう。

だが、まず理解しなければならないのは、あなたは催眠術にかけられているから、その催眠を解くプロセスを通り抜けなければならないということだ。
いいかね、あなたは条件付けられているから、
その条件付けを解かなければならない。
死がやって来つつあるのだということを覚えておきなさい。
死は今日は起らないと考えてはいけない。
死はいついかなる時でも起こりうる。

実際、すべてのものごとはつねに今起こる。
種子は今死に、つぼみは今花になり、鳥は今鳴きはじめる。
すべてのものごとは今この瞬間がもたらす空間でのみ起こる。
過去では何も起こらず、未来では何も起こらない。
すべてのものごとはつねに現在において起こる---
ものごとはそのようにしか起こらない。
現在が存在する唯一の時間だからだ。

過去とはあなたの記憶にすぎない。
そして未来とはあなたの空想にすぎない。
ところがあなたは過去に生きるよう催眠術をかけられている。
未来に生きるよう催眠術をかけられている。
過去か未来のどちらかを選ばせはしても、社会は
あなたが現在に生きることは許さない。

キリスト教徒やヒンドゥ教徒やイスラム教徒たち---
彼らは過去に生きるよう人々を条件付ける。
彼らの黄金時代は過去にあった。
共産主義者、社会主義者、ファシストたち---
彼らは未来に生きるよう人々を条件付ける。
彼らの黄金時代は未来にある。ユートピアがやって来つつある。
「革命が起れば、本当にいきいきと生きることができる。
そうなったら黄金時代が訪れる。」と。

人は実在しない過去に連れてゆかれるか、
あるいは、やはり実在しない未来に連れてゆかれる。
どの社会も現在に生きなさい、今ここを生きなさいとは教えない。
サニャシン(求道者)であるとは、真の探求者であるとは、今ここを生きるということだ。
そして今ここを生きる以外に生はない。
だが、そうするためには、かけられた催眠を解かなければならない。
あなたは機械ではなく、人間にならなければならない。
あなたはもう少し意識的にならなければならない。
あなたは意識的ではない。

私は死んでゆく男のそばに座っていたことがある---
彼とは同じ大学の教授仲間だった。
彼は輝かしい経歴の絶頂にあった。
ところが、そのとき彼は心臓発作に襲われた。
心臓発作はいつも人が頂点を極めたときにやってくる。
成功の後にはつねに心臓発作がつき物だ。
成功をおさめたあと、他に何が得られるだろう?
そこで彼は心臓発作を起して死の床についていた。
私は彼に会いに行った。
彼は深い悲しみに沈んでいた---誰が死を望むだろう?
彼は絶望に打ちひしがれ、悲しみに悶えていた。
私は彼に言った。「心配することはない。君は死んだりしないよ」

彼は言った。「何を言ってるんだ?医者たちはだよ、
医者たちは口をそろえて回復する見込みはまったくないと言ってるんだ。
君は何を根拠に僕が死なないというのかね?」

私は言った。「君はそもそも死ぬことなどできないよ。
というのも、君は一度も生きたことがないからだ。
君は死ぬための第一条件を満たしていない。
この50年間、君は夢遊病者のように生きてきた。
君は夢を見ていたんだ。
君は一度も生きたことがない。
私は君を何年も見守ってきたんだ」

彼はショックを受け、腹を立てた---あまりに腹を立てたので、
しばらくのあいだ死のことなどすっかり忘れてしまった。
怒りに燃えた目でにらみながら彼は言った。
「死んでゆく人間に向かってそれはないだろう。
少しは思いやりがあってもいいじゃないか。
どうしてそんなにひどい態度をとるんだ?
死んでゆく相手に向かって大した哲学を並べるじゃないか---
『君は一度も生きたことがない』だって。
こんな時によくそんなことを口にできるね?」

私は静かに聴いていた。
私はひと言もしゃべらず黙っていた。
すると激しい怒りが消えて、彼は泣き出した。
彼の目には涙があふれた。
彼は愛を込めて私の手を握ると、こう言った。
「君が正しいのかもしれない。
私は一度も生きたことがなかったんだ。
たぶん君は不作法じゃなくて、真実を言っただけなんだ。
それに私にこんなことが言えるのは君だけだ。」

そのあと深い感謝が湧き起こり、しばらくのあいだ、
その顔にぱっと光がさすのが見えるほど彼は意識的になった---
光がそこにあった。彼の存在は霊光オーラに包まれていた。
そして彼は「ありがとう」と言った。
その夜、彼は死んだ。
私は最後の瞬間まで彼のそばにいた。

彼は言った。「もし君がここにいなかったら、私は
生を取り逃がしてきたように、死もまた取り逃がすところだった。
だが、私は意識して死んでゆく。少なくとも一つだけ嬉しいことがある---
私は無意識のまま死んでゆくのではない。」

そして彼の死は美しかった。
彼は何も思い残さずに息を引き取った。
彼は安らかに死んでいった。彼は「ようこそ死よ」と言わんばかりの心境で
死んでいった。彼は感謝に満ちて死んでいった。彼は祈りのうちに死を迎えた。
彼の次の生はきっと必ず異なる質をおびるにちがいない。
死がそうまで美しければ、その死はあなたに新しい生をもたらす。

だが人は一瞬一瞬を---それが生の瞬間であろうが、愛の瞬間であろうが、怒りの瞬間であろうが、死の瞬間であろうが---生きなければならない。
それが何であろうと、人は一瞬一瞬を可能な限り意識して生きなければならない。


空想にふけりながら畑で胡瓜を盗んでいる百姓がいた。
「この胡瓜の袋を持って逃げよう」と彼は考えた。「そしてこれを売って金に換え、雌鶏を一羽手に入れよう。雌鶏は卵を産んで、それを抱いて温め、何匹かの雛をかえす。その雛を大きくなるまで育てたら、そいつを売って雌の子豚を買おう。そいつを立派な豚に育てて、子種を仕込む。そうすりゃ数匹の子豚を生むから、そいつらを売り飛ばす。豚を売った金で畑付きの家を買うんだ。
畑に胡瓜を植えたら、誰にも盗ませるものか---しっかり見張り続けるんだ。
腕っぷしの強い見張り番を雇って、ときどき出かけてゆき、
『おい、こら!しっかり見張るんだぞ!』と怒鳴ってやるんだ。」
その百姓は空想にふけるあまり、我を忘れて声のかぎりに叫んだ。
見張り番がその声を聞いて、駆けつけてきた。
彼は百姓をつかまえて、さんざん叩きのめした。

だが人間はそのようにして---夢を見、空想にふけり、
欲望を未来に投影しながら暮らしている。
”あなた”はそのようにして生きている。
だがそれは、この美しく、途方もない価値のある生を生きる道ではない!
これはまったくの浪費だ!

あなたは瞬間に、現在にもっと注意深くならなければいけない。
あなたは自分の意識をふり絞らなければならない。
意識はあなたの宝だ。
何世紀にもわたって考案され、編み出されてきた技法はすべて、人の内部にもっと意識をつくりだすための、人の内部にもっと火をつくりだすための、あなたの生をもっと熱烈なものに、炎にするための手段に他ならない。

人々は鈍感な生を生きている。
人々はうわの空で生きている。人々はぼんやりと生きている。
どうしてまわりへの留意をそこまで欠いたまま生きることができるのだろう?
留意が欠けた状態は闇だ。留意は光だ。そしてこの論書は、
どのようにしてあなたの内部にもっと多くの光をつくりだすかを教える。
そうすればいつの日にか黄金の華が---。

二人の精神科の医者が路上で出会った。
「やあ元気そうだね。ところで僕の調子はどうだい?」とひとりが言った。

人々は互いに尋ねあっている。誰も自分の調子がわからない。
彼らは互いに目をのぞき込み、自分自身に関する情報を他人から集めている。
他人の意見がこれほど重要になっているのはそのためだ。
誰かに馬鹿だと言われたら、あなたは怒り出す。なぜだろう?
あるいはあなたは悲しくなる。なぜだろう?
あなたは打ち砕かれる。自分を賢い人間だと思っていたのは、
他人から「あなたは賢い人だ」と言われたからだ。

あなたが拠り所としていたのは他人の意見だ。
今度は他の誰かから「お前は馬鹿だ」と言われる。
他人はあなたの知恵を簡単に、いともたやすく打ち砕くことができる。
あなたがトランプで立てた宮殿に、彼は石を投げつけた。
いまやすべてが打ち砕かれる。人がひどく腹をたて、
真っ赤になって怒り出し、ひどく暴力的になるのはそのためだ、
人がひどく悩んでくよくよするのはそのためだ。

他人がどう思うかを絶えず気にしているのは、
あなたが他人が考える自分しか知らないからだ。
あなたは自分自身のことは何も知らない。
さあ、これはなんという状況だろう?
この私に私のことがわからないのに、
他の誰に私のことがわかるというのだろう?
外側から私を観察することはできないし、
そのような仕方で私を手に入れることはできない。
外側から観察することができるのは私の肉体だけだ。
私は内側から自分の意識を知ることができる。

鏡の前に立つときでさえ、見えるのは自分の肉体だけだ。
自分の意識を鏡で見ることはできない。
あなたですら鏡でそれを、自分の意識を見ることはできない。
あなたは直接それを観なければならない。
それは鏡には決して映らない。それは何にも決して映らない。
それは不可視のものだ。
あなたは目を閉じて、それで在らねばならない。
それこそが自らの意識を知る唯一の方法だ。

だが人々はじつに無意識に生きている。
彼らはただ他人の意見に従って生きている。
他人の言ったことが彼らの魂になってしまう。
他人はいつでもそれを取り消すことができる。人々は乞食のままでいる。

あなたは自分自身について何かを直接知ったことがあるだろうか?
あなたは他人の意見を持ち込むことなく自己に直接遭遇したことがあるだろうか?
ないとしたら、あなたはまだ生きてはいない。
自己に遭遇することで、自分自身を直接、間髪を入れずに観ることで、
はじめて生は息ずきはじめる。
他人が思うあなたではなく、あるがままのあなたを観ることができたとき、
はじめて生は立ち現れてくる。
他人にどう思われようと、他人に何を言われようと、いいではないか。

彼らはあなたの行動を観察することはできるが、
あなたそのものを観察することはできない。
自分自身を観察したいと思うなら、それができるのはただあなただけであり、
他の誰にもできない。召使にはそれはできない。
他の誰かに任せるわけにはゆかない。専門家にもそれはできない。

ところが私たちは完全な放心状態に陥っており、
目覚めているものが内側にひとりもいないために、
他人の意見がひどく気になって仕方がない。
私たちは深く眠りこけ、内側でいびきをかいている。

ぼんやり屋の教授が床屋に出かけた。
彼は椅子に腰をかけたが、帽子を取らなかった。
「すみませんが、帽子を取っていただけますか」と床屋が言った。
「ああ失礼」と教授が言った。「御婦人がいらっしゃるとは知らなかった」

自分自身のぼんやりとした状態を見守りなさい。
それを見守ることで、あなたの中に注意深さが生み出される。
自分の中で何が起っているか見守りなさい。
思考が通り過ぎてゆき、記憶がよみがえってくる。怒りの雲が湧き起こり、
悲しみの暗夜が訪れ、あるいはすばらしい喜びの朝がやってくる。
自分の中を通り過ぎてゆくものすべてを見守りなさい。
もっともっと注意深くなりなさい。
ゆっくりゆっくり、あなたは統合された注意深さになってゆく。
そして「黄金の華の秘密」は、
みずからの内なる光のもとで統合を成し遂げる技法を説いている。

経文に入ってゆく前に、この書物に関してはこんな話が伝えられている---

この書物は中国のある秘教集団に由来する。
この秘教集団の創始者は、名高い道教の奥義体得者、
呂厳(ロゲン)だったといわれている

呂厳はこの秘密の教えをどこで体得したのだろう?
呂厳自身は、その起源を関伊喜(カンインキ)師に帰している。
伝説によると、老子は彼のために『道徳経』を書いたとされている。

老子はその生涯で、ただのひと言も言葉を文字に書き記さなかった。
彼は何かを文字に書き留めて欲しいという勧めを何度も何度も断った。
彼はみずからが知るに到ったことを弟子たちに伝えたが、
進んで書き示すことはなかった。
彼は「言い表すことのできる<道タオ>は、真の<道タオ>ではない」
と言ってやまなかった。
表現することのできる<道>はすでに偽りのものになっている。
それは師との親密な触れ合いの中でのみ学ばれうるものだ。
それを伝えるすべは他にはない。
それは深い魂の交流のなかでのみ学ばれうるものだ。
そこでは師と弟子が出会い、弟子は何も控えずすべてをさらけ出し、
師と弟子は重なり合って、そこで互いの意識が溶け合う。
このような出会い、魂の交流のなかで、はじめて<道>は伝えることができる。
だから老子は申し出を何度も断った。

老子は長寿を保った。
だが死が近付くと、彼は水牛に乗って中国を去っていった。
なぜ水牛に乗っていたのだろう?
それは彼の教えすべてが流れる水の教えだったからだ。
彼はこう言っていた。

人は水のように自在に姿を変えて流れ、新鮮なままで、
つねに大洋に向かって進んでゆかなければならない。
水のように柔らかく、女性的で、受容的で、
愛に満ちあふれ、非暴力的でなければならない。

人は岩のようであってはいけない。
岩はとても強そうに見えるがそうではない。
そして水はとても弱そうに見えるがそうではない。

けっして見かけにだまされてはならない。
水は最後には岩に勝って、岩は砕かれて砂になり、海へと運ばれる。
岩は柔らかい水と闘うことで最後には姿を消してしまう。

岩は男性的だ。それは男性的な精神、攻撃的な精神だ。
水は女性的で、柔らかく、愛に満ちあふれ、少しも暴力的ではない。
だが、攻撃的ではないものが勝つ。
水にはいつでも降伏する用意があるが、その明け渡すことで征服する。
それは女性のやり方だ。
女性はつねに降伏し、それによって征服する。
ところが男性は征服したいと思いながら、とどのつまりは降伏せざるをえない。
老子が中国を去るときに水牛を選んだのはそのためだ。

彼はどこへ行こうとしていたのだろう?
彼はヒマラヤへ行き、その永遠の美のなかに消え去ろうとしていた。

真実の人はいかに生き、いかに死ぬべきかを知っている。
真実の人は全一に生き、全一に死んでゆく。
真実の人は祝福のなかで生き、祝福のなかで死んでゆく。

彼はヒマラヤで完全に独りになろうとしていた。
だが、彼は国境でつかまった。
そして国境で老子をつかまえた男は関伊喜師だった。
彼は中国辺境の最後の関所を衛る役人だった。
老子はその関所を通り抜けなければならなかった。
国外に出る道は他になかった。
関伊喜は老子を説き伏せた。「あなたは逝こうとなされている。
あなたはこの国から永遠に去ってゆこうとなされている。
あなたはまもなく肉体を離れられることでしょう。
どうか2,3の言葉を書き記してください。
書き留めてくださらないなら、この国を出ることを許しません。
それくらいの代償は払っていただきたい。」

そこで老子は仕方なく関伊喜の小屋に3日間とどまった。
老子はそこで『道徳経』を書いた。

『黄金の華の秘密』の伝統は、呂厳に始まるとされている。
呂厳自身はその起源を、老子が『道徳経』を書き与えた
と伝えられている関伊喜師に帰している。
関とは”函谷関”のことだ。彼が関師と呼ばれるのはそのためだ。
それは”函谷関にいた師”と言う意味だ。
彼は偉大な奥義体得者だったにちがいない。そうでなければ、
老子を説き伏せて、ものを書かせることなどできるはずがない。
老子は生涯にわたって辞退していたが、
この男の勧めをむげに断るわけにはゆかなかった。
この男は老子ですら拒むことのできない何かをもっていたにちがいない。

『黄金の華の秘密』の伝統はこのようにして老子とつながっている。

だが、それは老子にはじまるものではない。
老子みずから、何であれ自分が語っていることは
過去何世紀にもわたってくり返し語られてきたものだと言っている。
彼は新しい真理ではなく、新しい表現をこの世にもたらしているだけだ。
それはいつもそうだ。 
真理は不変であり、異なるのは表現だけだ。
老子が言ったことは、老子の前にクリシュナが言ったことと同じだ。
クリシュナが言ったことは、後に仏陀が言ったことと同じだ。仏陀が言ったことは、マホメット、イエス、ツァラツストラが言ったことと同じだ。

ただ彼らの表現があまりに違うので、その核心を見抜くには大いなる知性が必要とされる。
構造が違い、言語が違い、真理の語り方がそれぞれ違う。
が、それは当然のことだ。彼らは異なる人物であり、異なる個たちであり、それぞれが他に類を見ないユニークな資質をそなえているからだ。
だが、真理は新しくもなければ古くもない。
そして真理はどこにあろうと永遠なるものだ。

『黄金の華の秘密』は、人がそこで再びよみがえり、聖なるものへの扉を
再発見することのできる、そういった永遠の源泉からきた書物のひとつだ。
さあ、経文だ---

呂祖師は言った。
それみずからによって存在するものは、道(タオ)と呼ばれる。

「タオ」という言葉は、本質的には”道”を意味する。
目的地については何も語ることができない。
目的地はとらえがたく、表現できず、言語を絶している。
だが、道についてなら何かを言うことができる。
それゆえに道家の人々は「神」「真理」「にゃはん ニルヴァーナ」
という言葉を一度も使わなかった。
いや、彼らはたんに「道」という言葉を使う。仏陀は言う。
「覚者ブッダたちは、あなたがたに道を指し示すことしかできない。
その道に従うなら、あなたがたは真理に到るだろう」

真理はあなた自身の体験でなければならない。
真理は誰にも定義できない。
だが、道を定義することはできる。
道を明らかにすることはできる。
師はあなたがたに真理を授けることはできないが、道を授けることならできる。
そしてひとたび道が明かされたなら、あと必要なのはその上を歩くことだけだ。
それは弟子によってなされねばならない。

私があなたの代わりに歩いたり、あなたの代りに食べることはできない。
私があなたの代わりに生きたり、あなたの代わりに死ぬことはできない。
こういったことは自分の力でやらなければならない。
だが、私は道を示すことができる。
私は道を歩いたことがあるからだ。

タオとはまさに”道”を意味する。

それみずからによって存在するものは、道(タオ)と呼ばれる。

この定義は美しい。

呂祖は言う---
「それみずからによって存在するもの、他の力を借りる必要のないもの、
人がその上を歩いても歩かなくても、つねに存在しているもの----」と。

誰かがその上を歩くかどうかは問題ではない。
<道>はつねに存在している。
実際、全存在がそれとは知らずに<道>に従っている。
もし心して<道>に従うことができるなら、あなたの生は大いなる祝福となる。
それと気付かずに<道>に従うなら、あなたはつまずき続ける。
あなたは<道>の喜びをこころゆくまで味わうことができない。

ある人を庭に連れてくることはできるが、その人は無意識かもしれない。酔っぱらっていたり、昏睡状態に陥っていたり、クロロフォルムの影響下にあるかもしれない。その人を庭に連れてくることはできるが、彼は無意識だ。
鳥の歌声を耳にしても、彼はそれに気付かない。
太陽に照らされ、光を浴びても、彼はそれに気付かない。
大きな樹の下の涼しい木陰に寝かせてみても、彼はそれに気付かない。
それが人間のありようだ。

私たちはつねにタオのなかにいる。
なぜなら、その外などというものはないからだ。
生きるとは<道>のうえにあることだ。
生きるとは神のなかに生きることだ。
息をするとは神のなかで息つ”くことだ。

だが大海のなかに住む魚が海のことなどすっかり忘れているように、
私たちはタオのなかで暮らしながら、タオのことをすっかり忘れている。
むしろそれがあまりに明白だからこそ、私たちはそれをまったく気にとめずにいる。
魚は大海をよく知っている---
魚は海のなかに生まれ、一度もその外に出たことがない。
魚は海はあるのが当然だと思っているから、それに気付いていない。

私たちはまさにこの<道>の上にいる。
私たちは神の内にある。
私たちはタオを通してタオのなかに生きている。
なのに私たちはそれに気付いていない。

タオは存在する。
なぜなら、タオなくして樹々は成長せず、星は動かず、
血液は循環せず、息を吸うことはできないからだ。
生命は消え失せてしまうだろう。

生命はそれを維持する基本的な法則があってはじめて存在しうる。
生命はそれを支える何かがあってはじめて存在しうる。
森羅万象のなかにある計り知れない秩序を見るがいい。
それは混沌ではなく、秩序をもった宇宙だ。
万物の秩序を成り立たせているものは何なのか?
宇宙はなぜこれほど調和に満ちているのだろう?
調和を保ち、それを脈々と流れさせている法則、
あらゆるものをひとつにまとめている法則があるにちがいない。

だが、私たちはそれについて知らない。
自分自身の実存に関して何も知らないにもかかわらず、
私たちはみずからの実存を通してタオと結びついている。

タオには名前もなければ形もない。
それはひとつの精髄、原初の精神である。

それは私たちを取り巻いている生命の大陸だ---
内にも外にもある純粋な精髄エッセンス。
それは存在であり、原初の精神だ。
タオはどんな名前にもおさまりきらない。
すべての名前がタオの名だ。
すべての形がタオの形であるから、タオには特別な形がない。
タオは数限りない姿で存在している。
それは樹にあっては緑となり、花にあっては赤となる。
人間にあっては人間となり、魚にあっては魚となる。

それは同じ法則だ。
「タオ」という言葉を「神」に置き換えたとしても同じことだ。
キリスト教徒やイスラム教徒が「神」と呼ぶものを、
道家の人々は「タオ」と呼び、仏教徒は「ダンマ」と呼ぶ。
ユダヤ教徒はそれを「ロゴス」と呼んでいた。
だが、それらは同じものを指している。
それはどんな名前にもおさまりきらない。
あるいはどんな名前でも言い表すことができる。

精髄と生命は見ることができない。
この二つは天上の光のなかに含まれている。
天上の光は見ることができない。
それは両目のあいだに含まれている。

形は見ることができるし、肉体は見ることができる---
肉体は形であり、精髄を包み込んでいる物質だ。
だが、精髄エッセンスを見ることはできない。
精髄は目では見ることができず、五感ではとらえることができない。
それは何も介さず、直に感じ取らねばならない。

あなたは私の肉体を見ている。
私はあなたの肉体を見ている---そこには器官が介在している。
私の目が、あなたがここにいると告げている。
あなたの目が、わたしがここにいると告げている。
だが、本当にそうだろうか。
私たちは目にだまされているのかもしれない---
目には時々だまされることがある。

夜、暗闇のなかで一本の縄が蛇のように見える。
蛇だと思い込めば、それは蛇と同じように作用する。
あなたは怖くなって走り出す。
あるいは、砂漠のなかで、ありもしないオアシスを見ることもある。
それはたんなる投影による現象だ。
喉があまりに渇くので、あそこにオアシスがあればいいという願望が起こり、その願望がオアシスをそこにつくりだすからだ。
目はよく人をだます。
だから当てにはできない。

あいだにものを介在させて知られる真理は、つねに怪しく、疑わしいままだ。
それは確実なものとはなりえない---絶対に確かだとは言えない。
が、絶対的な確証のない真理などまったく真理ではない。
真理というものは絶対に確かなものでなければならない。
ほぼ確かでは通用しない。
となると道はただひとつ---
真理はあいだにものを介在させずに知られねばならない。
人はそれを直接、端的に知らなければならない。
人はそれをいかなる器官も介さずに知らねばならない。
真理はまさにそのようにして知られる。

生命を見ることはできないが、それを感じ取ることはできる。
それは主観的な体験であって、客観的な対象ではない。

精髄と生命は見ることができない。
この二つは天上の光のなかに含まれている。
天上の光は見ることができない。
それは両目のあいだに含まれている。

人間には二つの目がある。
道家の人々にとって、この二つの目にはとても重要な意味がある。
現代の科学はようやくその真実を見ることができるようになった。
この二つの目はたんにものを見るためにだけあるのではない。
この両目はあなたの内側にある男性性と女性性を表している。
今や現代の科学は言う。人間の脳は二つの半球に分割することができる---
そして片方の半球は男性的で、もう片方の半球は女性的だ、と。
あなたの頭脳の右側は女性的であり、左側は男性的だ。

だから片方の目はあなたの内なる男性を表し、
もう片方の目はあなたの内なる女性を表している。
そしてこの男性と女性があなたの内側で出会うときの、
その出会いこそが「天上」と呼ばれているものだ---
それはあなたの男性性と女性性の出会い、内なる交合だ。

イエスは言う。「二つの目が一つになると、光が現れる」
彼は道教の煉丹術師のように語っている。
あなたの両目がひとつになると、光が現れる。
あなたの両目がひとつになると---あなたの男性性と女性性が
互いのなかに消えてゆくと、究極のオルガスム的な体験が起こる。

女性や男性と愛を交わすときにあなたが感じるものは、
その一瞥、つかの間の一瞥に過ぎない。
それはほんの一瞬のものなので、
あなたが気付くころにはすでに過ぎ去っている。
あなたは後になってようやくそれに気付く。
それはあっという間に行ってしまう。
だが、それは一瞥であり、男性性と女性性の出会いの一瞥だ。

これは外側の世界における出会いだ。
たとえ一瞬といえどもそれが起こるのは奇跡だ。
が、そこには深遠な可能性が秘められている。
タントラ、タオ、ヨーガをはじめとする、
世界のあらゆる秘密の教えが行なってきたのはそれだ・・・
内なる男性と女性---タントラ行者が「シヴァ」と「シャクティ」、
道家が「陰」と「陽」と呼んできたものにあなたが気付くのを助けること。
その二つの極、あなたのなかの<陰>と<陽>、あなたのなかの昼と夜---
その二つが出会わなければならない。

天上の光は見ることができない。それは両目のあいだに含まれている。

だが、両目がひとつにならないかぎり、あなたはそれに気付かない。

それは両目のあいだに含まれている。

だが、それを見ることができるのは、両目がひとつになったときだけだ。
ひとつになれば、それは解き放たれる。
そうなったらすさまじい光の爆発が起こる。
ツァラツストラはそれを「火の爆発」と呼ぶ。
老子はそれを「光の爆発」と呼ぶ。それは同じものだ。

あなたがたは洗礼者ヨハネの言明を耳にしたことがあるにちがいない。
彼は弟子たちに語っていた。「私はあなたがたに水の洗礼をほどこす。
私の後に、あなたがたに火の洗礼をほどこす人がやってくる」
彼が「私の後に、あなたがたに火の洗礼をほどこす人がやってくる」
という言葉で言おうとしているのは、その爆発のことだ。

水の洗礼は外なる世界の洗礼だ。
洗礼者ヨハネにとって、水とは外へ向かう流れの象徴だ。
このことを覚えておきなさい。
”外向”と”下降”は同じ意味であり、”上昇”と”内向”は同じ意味だ。
下降するものはすべて外にも向かい、上昇するものはすべて内にも向かう。
そしてその逆も言える。
水はつねに下に向かって進む。
それゆえに水は外へ向かう流れを象徴する。
水は水そのものから離れてゆく。水の旅は外界の旅だ。
火は上昇し、つねに上に向かって進む。
そして上昇と内向は同じ意味だ。火の旅はつねに内界へと向かう。

洗礼者ヨハネはこう言っている---私はあなたがたに水で洗礼をほどこしている。
私はあなたがたに宗教の輪郭を与えている。
私の後に、内なる洗礼、火の洗礼をほどこすキリストがやって来る。

イエス自身、「悔い改めなさい、悔い改めなさい」と何度も言っている。
だがこの言葉はキリスト教徒たちの手によって、誤った解釈をされてしまった。
彼らはそれを「あやまちを悔い改める」と解釈した。
それはあやまちとは何の関係もない。「悔い改める」という言葉は、実際には
引き返すこと、内へ向かうこと、もどることを意味する。
つまりそれは帰ること・・・自分の本来の姿を取りもどすということだ。
「悔い改める」という言葉はメタノイア---回帰すること、180度の転回を意味する。
外へ向かって流れ続けたら、あなたは水のままだ。
内側に方向を変えれば、あなたは火になる。

そしてこの両目、この二つの炎、あなたの意識のこの両半球がひとつになって、
完全に橋がかかり、あなたがひとつの炎になるとき、その炎こそプロティノスが
「一者から一者への飛翔」と呼ぶものだ。

太乙たいいつ(大いなる一者)とは、それにまさるものがない者の呼び名である。

その一者になることが「太乙」になるということだ。
このようにして道家の人々は、「神」という言葉を使わずに
神についての何かを述べている。
ひとつになれば、あなたは神になっている。

生命の丹術の秘法は、無為を達成するために有為を用いることにある。

この言葉には大きな力が秘められている。
この両目をひとつにする秘法とは何か?
内なる男と女を合一させるにはどうすればいいのだろう?
もはやあなたが二つに割れることなく、内輪もめをする家ではなくなり、
どんな葛藤も緊張も生じない、まったくひとつの存在になるよう、
あなたの男性性と女性性を互いに溶け合わせるにはどうすればいいのだろう?
その合一のなかには至福がある。
なぜなら、すべての緊張が消え、すべての葛藤が消え、すべての不安が消えるからだ。
その一者になるにはどうすればいいのだろう?

生命の丹術の秘法は、無為を達成するために有為を用いることにある。

男性は有為を表し、女性は無為を表している。
無為を達成するためには有為を使わなければならない。
無努力になるためには努力しなければならない。
あなたは全力をあげて、もてるすべてのエネルギーを注がなければならない。
あなたは何一つ後に残さないほどに活動的にならなければならない。
全エネルギーがその創造行為に投入されてゆく。
すると、すべてのエネルギーが投入された瞬間、突如として変容が起こる。
ちょうど水が100度でじょうはつするように、行為は全一になると蒸発し、
そして後には無為が残る。

まずあなたはいかにして踊るかを学ばなければならない。
そして全エネルギーを踊ることに注ぎ込まねばならない。
するとやがて奇妙な体験が起こる。
不意に踊り手が踊りのなかに消え、
何の努力もしていないのに踊りが起こっている。
そうなったらそれは無為だ。
あなたはまず無為に入ってゆくために有為を学ばなければならない。
瞑想とはまさにそれだ。

人々は私のもとへ来て、私が活動的な瞑想を教えているのはなぜかと尋ねる---
なぜなら、それが無為を見いだす唯一の方法だからだ。

力のかぎり踊りなさい。
夢中になって踊りなさい。
狂ったように踊りなさい。

あなたの全エネルギーがそのなかに投入されていれば、
踊りがひとりでに起こっているのを不意に目撃する瞬間がやって来る---
そこには何の努力もない。
それは行為なき行為だ。

黄金の華とは光だ。人は黄金の華を象徴として用いる。 「水の領域の鉛にはひとつの味しかない。」という詩句はそれをさす。

黄金の華は象徴だ、あなたのエネルギーがもはや二元的ではなくなり、
ひとつになったときの象徴だ。
まるで黄金の光の華があなたのなかで咲いたかのようだ。
しかし、それはたんなる象徴にとどまらない---
象徴ではあるが、文字通り真実だと言ってもいい。
それはまさにそのように起こる。
たった今、あなたは闇として、暗い夜として存在している。
それが起こるとき、あなたは日の出の姿をとって現れてくる。
どどにも太陽を見ることはできないが、光はそこにある。
その光には光源がない---それは光源のない光だ。
だが、ひとたびその内にある黄金の光を知れば、あなたは不死なる者になる。
そうなったら死は存在しない。
光はけっして死ぬことがないからだ。

生命のすべて、森羅万象のすべては、ただ光のみで成り立っている。
すべては光の現れに過ぎない。
現代の物理学者に尋ねてもいい。現代の物理学者たちの見解は、
「すべては光だ。形は変化し続けるが、光は続いてゆく。光は永遠だ。」
という点で、タオと完全に一致している。

世にある聖典の多くは、「光」という言葉で始まる。
「太初に・・・神は『光あれ』といわれた」それが始まりだ。
もしも始まりがあったとすれば、他の始まり方はありえなかっただろう、
きっと光とともに始まったはずだ。
だが、始まりなどというものはけっしてなかった。
これはたんなる寓話にすぎない。
光はつねに存在している。

『コーラン』は「神は光だ」と言う。
スーフィたちが神に与えた名前のひとつはヌルだ。ヌルとは光のことだ。

その味は変わらない---それが私に起ころうが、あなたに起ころうが、
その味は変わらない。仏性の味は同じだ。仏陀はこう言った。
「仏性の味は大海のようだ。北で味わったとしても、岸辺で味わったとしても、
沖で味わったとしても、大海の味は変わらない。仏性の味もそのようなものだ」

この永遠の光を達成した瞬間、その人の生はただひとつの香りを放つようになる。

その香りは完全な覚醒によって包まれている。
彼の無意識は消滅している。
もはや彼の実存には暗い部分がどこにもない。

さあ、フロイト派の分析家がこのような人を調べたとしても、
見つかるのは意識だけだろう。
そこにあるのは 意 識 だ け で、無意識は見つからない。
フロイト派の分析家があなたのなかを見ると、ごく一部にしか意識がない。
その一部に対して無意識の部分が九倍ある。
意識をもっているのは、あなたのこころのたかだか十分の一にすぎない。
仏陀のような人には100パーセントの意識がある。

光を巡らせる瞑想は、ひとえに逆流の動きにかかっている。 それにより思考の集中が起こる。 天上のこころハートは太陽と月のあいだに位置している。

いいかね、もう一度くり返そう。
太陽は男性エネルギーの象徴であり、月は女性エネルギーの象徴だ。
そしてハートはその二つの中間にある。
ハートは男性的でもなければ、女性的でもない。
それがハートの美しさだ。
すなわち、ハートは神聖なものであり、男性的でもなければ、女性的でもない。
それはまさにその両者の中間にある。

男性エネルギーに傾き過ぎている場合には、人は過度に活動的になっていて、どうやって受動的になればいいのかわからなくなっている。
西洋で起こっていることはそれだ。
西洋は太陽指向であり、あまりにも活動的だ。
人々は狂ったようにみずからを活動に駆り立てている。
めまぐるしいスピードで、あらゆることが即座になされねばならない。

人はいらだち、待つことを知らない。彼らはいかにして受動的になるか、
いかにして我慢するか、いかにしてものごとを待つかを忘れてしまっている。
彼らは活動から身を引きすべをすっかり失ってしまった。
彼らはどうやって休日を過ごせばいいのかわからない。
たとえ休暇に出かけても、普段よりもいっそう活動的になる。
西洋では、日曜日に心臓発作を起こす人の数が平日よりも多い。
それは日曜が休日だからだ。人々は手のあく暇もないほど忙しい。
平日のあいだ、休日になったら休息をとろうと考えていたのに、
いざ休日となると、やらねばならないことが山ほどある。

それをやらなければならないわけではない。
必要があるわけでもない。いや、その必要はまったくない。

だが、彼らはくつろいですごせない。
ちょっと芝生に横たわり、大地に触れていることができない。
木陰に静かに座って、何もしないでいることができない。
いや、彼らは家のまわりで千とひとつのことをやりはじめる。
これを取り付けたり、あれをはずしたり、車のエンジンを開けて
ごそごそ何かをしはじめたりする。
彼らはとにかく何かをせずにはいられない。
とにかく活動的であることを止められない。

人々は一生にわたって退職したら楽しむつもりでいる。
だが彼らは楽しむことができない。
彼らは休むことができない。
人々はいったん退職すると、すぐに死んでしまう。
心理学者たちは、退職した人が10年早く死ぬのは、
他に何をすればいいのかわからないからだと言う。

死は、意味を失ってしまった生を、いつも無意味だった生を、
ただ忙しかっただけの生を片付ける唯一の方法に見える。
人々は行き先も知らずに突進している。
彼らの頭には、早く行くこと、もっともっと早く行くことしかない
---「いったいどこへ向かっているのだろう?」とじっくり考えることもなく。
あなたがたは輪になって走っているのかもしれない。
それこそまさに起こっていることだ。
人々は輪になって走っている。

西洋は太陽を重視している。東洋は月を重視している。

東洋はあまりにも受動的で、宿命論に傾き過ぎるようになった。
「何もする必要はない。ただ待てばいい。神がやってくださるだろう」と。
これはまた別の種類の愚劣さ、愚昧さだ。東洋は貧しく手、怠惰で、不潔だ。
が、人々は何ひとつ気にかけていない。
どこを向いても惨めさが---貧困、乞食、病気が目に飛び込んでくる。
が、誰も気にかけていない。すべては受け入れられている。
「しかたがないでしょう?これは神の御意志なのです。
私たちは甘受しなければなりません。待てばいいのです。
いよいよの時になったら、神がおいでになります。
他にどうしようもないじゃないですか」これは女性的な精神だ。

『黄金の華の秘密』は言う。人は男性的であってもいけないし
女性的であってもいけない、どちらの極にも傾かず、
ちょうど真ん中にいなければならない、と。
そうなったらバランスがうまれる。そうなったら活動的でありながら、
しかも内側深くではくつろいだままでいることができる。
そうなったらくつろいでいながら、しかも外側では活動を続けることができる。
外側では太陽を重視し、内側では月を重視するがいい。
太陽と月をあなたの内側で出会わせ、あなたはちょうどその真ん中にいればよい。そして真ん中にいることに超越がある。

光を巡らせる瞑想は、ひとえに逆流の動きにかかっている。 それにより思考の集中が起こる。 天上のこころハートは太陽と月のあいだに位置している。

人間は中心であると同時に周辺でもある。
周辺に向かって動いてゆくと、たくさんの思考が湧き起こってくる。
周辺は”多”から成っている。中心はひとつだ。
中心に向かって動いてゆけば、思考は消えはじめる。
まさにその中核においては、いっさいの思考が消え、ただ覚醒のみがある。
この秘法の書が述べているのはそのことだ---それにより思考の集中が起こる。

光は内側に向かって動いてゆかなければならない。

樹を見ているとき、あなたの目は、その光を樹に向かって放出している---
光は外に向かって動いている。
目を閉じると、光は内側に向きを変えはじめる---
メタノイア、悔い改め、回帰が起こる。
そして光があなた自身の実存に降り注ぐとき、自己認識、自己知が生まれる。
その自己知はあなたに自由をもたらす---
いっさいのしがらみからの自由、
いっさいの執着からの自由、
死からの自由、
肉体からの自由を。
それはあなたの内部に魂をつくりだす。

グルジェフがよく弟子たちに言っていたのはそのことだ。
あなたがたは魂をもって生まれてきたのではない、
あなたは”メタノイア(視点を変える)”によってそれをつくりださねばならない、と。

黄庭経にはこう記されている。 「一尺四方の家の一寸四方の場所で生命を統制することができる」

あなたの肉体のこの小さな寺院のなかで、生命を統制することができる。

一尺四方の只なかには、光輝く者が住んでいる。 碧玉の都の紫の広間には、最も空虚で生命力のある神が住んでいる。

いかにも矛盾した言明だ---空虚さと生命。
生命は男性的であり、空虚さは女性的だ。
生命と空虚さ---両者は内なる神がもつふたつの顔だ。
そのどちらかを選り好みしなければ、まったく選ぶことをせず、
ただ見守り続けていたら、人は一方には死の顔を、
もう一方には生の顔をもつ神に---
一方には完全無欠な顔を、もう一方には無の顔をもつ神になる。

ゆえに、光が巡ると、全身の気が玉座の前に現れる。

そして光が内側に向かって動き、あなたの実存のなかを巡るとき・・・
というのも、出口が残されていないからだ。瞑想とはまさにそれだ。
仏陀が菩提樹のもとでやっていたのはまさにそれだ。

あなたは静かに座り、すべての扉を閉める。
すると光が内側で巡る。
そのときあなたは肉体と肉体のなかにあるすべてのものに、
そのすべての神秘に気付くようになる。
この小さな肉体のなかに宇宙のいっさいの神秘が含まれている。
肉体は小宇宙だ。

ゆえに、光が巡ると、全身の気が玉座の前に現れる。 それはあたかも聖王が都を建設し、支配の基本原則を定めると、 すべての国が貢物を携えて来るようなものである。 あるいは主人が寡黙で穏やかであれば、 男女の召使が進んで主人の命令に従い、各自の仕事につくようなものである。

そしてこの光がそこにあり、あなたの内側を巡っているとき、肉体は召使になる

五感は従順な召使になる。それらをコントロールしようとする必要はない---
それらはひとりでにあなたに従う。

これがタオの美しさだ。
けっして何も強制することがなく、品性を磨きたいという欲求もない。
タオは言う。
ただ光に満ちあふれればいい、そうすれば他のことはすべてついてくる、と。

ゆえに、汝の為すべきことは光を巡らせることのみ、 これが最も深遠で霊妙な秘法だ。 光は動きやすいが、一点に定めがたい。 だが久しく巡らせば、光はおのずと結晶する。 『汝は黙して朝あしたに飛翔す』と記された境地はそれだ。

非常に重要なことがこの経文のなかで語られている。
光は動きやすく、固定させるのがむずかしい。
だから光を一点にとどめておこうとしないこと。
ここでヨーガは容易にできないことをやろうとする。
ヨーガがむずかしく、骨が折れるのはそのためだ。
ヨーガは光を一点にとどめておこうとする。ヨーガはまた両目のあいだ---
眉間のちょうど真ん中、第三の目のセンターに光をとどめておこうとする。
ヨーガは光を一点に固定させようとする。タオとヨーガの違いはそこにある。
ヨーガは光をとどまらせようとする。「第三の目に意識を集中させなさい」
---要約するなら、ヨーガの哲学はそれにつきる。
「すべての意識を第三の目に集中させることができたら、人は変容する。
両目はひとつになり、人は光で満たされる」

そして第三の目を超えると---第三の目はヨーガの意識の地図では第六の
センターだ---六番目を超えると七番目のセンターがある。
第七のセンターは「一千枚の花弁をもつ蓮華」と呼ばれている。
光を第三の目に集中させると、容量の限界に達した光は、
第七のセンターを押し開こうとする。
それは貯水池の水のように上昇しはじめる。
第七のセンターに圧力が加えられることで、何世紀にもわたり、
何百万もの生にわたって閉じたままだったつぼみが開く。

タオは別の観点から働きかける。タオは言う---
光を一点にとどめておくことはひじょうにむずかしい。
光をとどめておくことに気を取られてはいけない。
光を巡らせるやり方が簡単だ。
心マインドにとっては巡らせることがいつもやさしい。動くことが心の本性だ。
心にとって集中することはつねにむずかしい。そうだとしたら、
なぜ心の潜在能力を使わないのか?なぜそれを活用しないのか?

タオは自然であることを大切にする科学だ。
手を加えないこと。無理強いしないこと。
自分で不必要なもめごとをつくりださないこと。
心にそなわる自然な能力---動くという能力、動くことを好むという能力、
さまようという能力を活かしなさい。それを使うのだ。
光を巡らせなさい---光を巡らせる方法については後で語り合うことになるだろう
---経路を見いだして、光を巡らせなさい。

光を巡らせることで、道家の人々は七〇〇の鍼はりの経穴つぼを発見した。
光を全身に巡らせることによって、
彼らは光が強烈に輝くポイントが七〇〇あることに気付いた。
彼らはそれらを正確に数えあげた。今や科学がそれを立証している。
正確に七〇〇の経穴がある。今や人体の七〇〇の経穴を画像でとらえ、
どの経穴で光が失われているか、どの経絡けいらくに気エネルギーが
流れていないかを示す機械さえもが発明されている。
道家の人々はどのようにしてそれを知ったのだろう?
彼らには機械も科学技術もなかった。彼らの唯一の技法は、
内側に入って光を巡らせることだった。

どのようにして光を巡らせるか、その具体的な技法についてはあとで触れる。
今は道家の人々の方法がどういうものかを
正確に理解する下地をつくっているだけだ。

彼らは言う---光を巡らせ、さらにそれをまわし続けてゆくと、
ある地点で光はおのずと結晶化する、と。
光を一点にとどめておくことは心配しなくてもいい。
それをぐるぐるぐるぐるまわしてゆくと、ある瞬間、
すべてのものが止まっているのに気付く。
ヨーガが懸命に起こそうとしていることが起こっている。
タオにおいては、それは自然に起こることだ。
ヨーガにおいては、それは長く険しい努力の旅になる。ヨーガは男性指向だ。

タオは女性指向ではない。
タオはその両方---それらの統合だ。
巡らせるのは男性的なエネルギーであり、
一点にとどめておくのは女性的なエネルギーだ。
行為を通して無為に到り、受動性にたどり着く。
努力を通して無努力を達成する。

この根本原理を実践する際には、他の技法を探し求める必要はない。 ただ汝の思考をそれに集中させればよいだけだ。 思考を集束させることによって、人は飛翔することができ、天上に生まれる。 黄金の華とは生命の仙薬のことだ。

これがあらゆる不死なるものの奥義だ。
西洋の錬金術師たちが「賢者の石」と呼んでいたものはこれだ。
これはインドでは「アムリタ」---霊薬、甘露---と呼ばれている。
『黄金の華の秘密』は錬金術の論所であり、体内化学を錬金術に変容させ、
卑金属を黄金に変容させる秘法をあなたに授ける。
今現在のあなたは卑金属にすぎない。が、あなたはその秘法を内に秘めている。
もしその秘法が成し遂げられたら、あなたは黄金に変容する。黄金は不滅だ。

黄金の華とは生命の仙薬のことだ。効き目は実に確かだが、 ひじょうにとらえがたいので、最高度の知性と明晰さ、 そして完全な受容性と静謐せいひつさが必要とされる。 この最高度の知性と理解力をもたない者は、道を見いだすことがない。 この受容性と静謐さをもたない者は、それをしっかり保つことができない。

二つのことが求められている。

第一に、人は知性と明晰さを必要とする。
これらのことは気にかけなくてもいい。
自分に知性がなかったらどうしようなどと考えはじめたりしないこと。
人はみな知性をそなえて生まれてくる。
知性とは内在する資質だ---誰もが息をしながら生まれてくるように、
人はみな知性をそなえて生まれてくる。

聡明な人もいれば聡明でない人もいるという考えは完全に間違っている。
この考えはじつに多くの人々の人間性を奪ってきた。
じつに屈辱的で、人を見下した考え方だ。
人はみな知性をそなえて生まれてくる。

むろん、ひとりひとりの知性の現れ方は違うかもしれない。
音楽に知性を発揮する者もいれば、数学に知性を発揮する者もいる。
だが、数学を基準にすれば、音楽家には知性が欠けているように見える。
数学を判断基準にする試験を二人に受けさせれば、音楽家は落第する。
基準を変え、音楽をもとに判断する。そして音楽が決め手となる試験を
二人そろって受けさせれば、数学者は馬鹿に見える。

私たちは一定の基準を選んできた。多くの人が馬鹿だと言って非難される
のはそのためだ---彼らは馬鹿なのではない。
私は馬鹿な人間にはただのひとりも出会ったことがない
---そんなことはありえない。
だが、その人の知性は知性の種類が違うのかもしれない。
詩には、商売をするときとは別の種類の知性が必要とされる。詩人は商売人にはなれないし、商売人も自分は詩人にはまずなれないということに気付くだろう。
政治にたずさわる者にはある種の知性が必要とされる。
絵を描くには別の種類の知性が必要とされる。
そして数限りない可能性がある。

いいかね、人はみな知性をそなえて生まれてくるのであって、ただひとりの例外もない。

あなたは自分自身の知性を---それがどこにあるかを見つけ出すだけでいい。
ひとたび自分自身の知性を見出したら、あなたは明晰になる。

人々は明晰さを欠いたままで生きている。
それは彼らが間違った自己観念を抱いて生きているからだ。誰かが---
先生が、校長が、大学教授が「おまえは知性的ではない」とあなたに言った。
だが、彼らの基準はあくまで択一的なものであり、
その基準をすべての人に当てはめることはできない。
大学はまだ普遍的ユニヴァーサルなものにはなっていない。
あらゆる種類の知性を許容しているわけではない。
知性があらゆる形で顕現するのを認めているわけではない。

ひとたび自分自身の知性を受け入れて、その知性に敬意を表しはじめたら、あなたは明晰になり、問題は何もなくなる。

詩人は、商売がうまくやれないために自分は馬鹿だと感じる。
さあ、そうなったら混乱が生じる。彼は自分のことを劣っている
と見なして、冷笑的になり、非難するようになる。
商売で成功しようとしても、できるものではない。
彼はひどい煙に巻かれて自分が見えなくなってしまう。

もし彼が「私は詩人であって商売人には向いていない。
商売人として成功することは自殺行為に等しい。
私は詩人として成功するべきだ」
とあっさり理解したら---それが彼の知性であり、そして
彼の知性は彼なりの仕方で花開かなければならない。

彼は誰の真似もするべきではない。
社会はその代価を払わないかもしれない。
なぜなら、詩は爆弾ほどには必要とされていないからだ。
愛は憎しみほどには必要とされていないからだ。

映画やラジオやテレビで殺人が許されているのはそのためだ。
殺人を猥褻(わいせつ)な行為とは呼ばない。
ところが愛の交歓は許されず、「猥褻な行為」と呼ばれる。
この社会は愛ではなく憎しみを通して生きている。
誰かが人を殺していても、少しも騒ぐことはない。
誰かがあなたの心臓に短剣をつきさして、
血が泉のように噴き出しても、少しも騒ぐことはない。だが、
誰かがあなたを抱きしめ、キスをして、あなたを愛すれば、社会は恐れる。

これはおかしなことだ---愛は卑猥な行為だが、殺人は卑猥な行為ではない。
恋人たちは非難されるのに、兵士たちは称賛される。
戦争は正しいが、愛は間違っている。

みずからの知性を受け入れたら、自分自身を受け入れたら、
あなたは明晰に、このうえもなく明晰になる。
雲はすべて晴れる。

そして第二に、あなたには受容性と静謐せいひつさが必要だということ。
知性と明晰さは男性的な精神の一部だ。
受容性と静謐さは女性的な精神の一部だ。
吸収することができるのは女性だけであり、
だからこそ女性は妊娠する---子宮をもっている。

これら二つのことが同時に必要とされている。
知性が欠けていたら、あなたは何を言われているのか理解することができない、
師が何を分かち与えてくれているのか理解することができない。
そして女性的でなかったら、あなたはそれを吸収することができない、
それを子宮に宿すことができない。
その両方が必要とされている。

要点を見抜くために、あなたは知性的でなければならない、
このうえもなく知性的でなければならない。
そしてそれを内側で保つために、あなたは
このうえもなく受容的でなければいけない。
そうすれば、それはあなたの一部になることができる。

これはたんなる下地だ。
徐々に徐々に、私たちは光を巡らせる具体的な手法へと入ってゆく。
注意深く聴きなさい、知性を働かせながら聴きなさい。
それを吸収するがいい。
それはあなたの生涯における最大の体験のひとつにもなるうるだろう。